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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.571
よりよい大学入学者選抜の設計
―学士力育成の最初のステージとして―

研究員 両角亜希子(東京大学大学院教育学研究科准教授)

 中央教育審議会の高大接続特別部会では、高等学校教育と大学教育を接続する大学入学者選抜の在り方について議論が行われ、答申案とりまとめにむけて要点が整理されている。知識・技能、それらを活用する力、主体的に学習に取り組む態度の育成が必要だという議論は、小学校・中学校・高等学校でも様々な改革が行われてきた。大学教育においても、近年は学士力を定義し、それを向上させようという取り組みが熱心に行われるようになっている。大学教育において育成するべき力を明らかにしたうえで、大学入学者選抜や高等学校教育との連携の在り方を考えることが必要だという議論がなされてきた。
 入試を単なる学生を選抜する仕組みとしてとらえるだけでなく、学士力を育成するための最初のステージとしてとらえることについては多くの大学関係者の共通認識になっており、実際に、各大学でどのように意味ある改革が実現できるかが、いま、重要な課題になっている。ここでは、少し前になるが、筆者が、リクルートカレッジマネジメントと合同で2013年8―9月に実施した大学学長アンケートの結果の一部をご紹介しつつ、大学レベルの改革において、もっと視野にいれるべきではないか、と筆者が感じている点について述べたい。
 第1は、大学入試について、課題感を持っている学長が多い。定員確保については64%、学生の学力については85%、学生の意欲については71%の学長が課題を感じており、政策的な課題認識と大学教育の現場の感覚は非常に近い。不本意入学や退学などの学生と大学教育のミスマッチに対しても、65%の学長が課題認識を持っている。私立の低倍率大学で79%と最も課題感が大きく、大学入試が実質的に選抜機能を持てなくなっている場合に、ミスマッチの問題が深刻さを増しているが、それ以外の大学にとっても大きな課題であることが改めてわかる。詳細は省くが、すでに多くの工夫を行っている。
 第2は、各大学は、入試に強い関心があり、実際に様々な工夫や改革を熱心に行っているにもかかわらず、入試結果の活用が意外と不十分だという課題である。次年度以降の入試改革に活用している大学は92%であるが、全教職員に共有している大学は33%、FDなどの材料として活用している大学は24%に過ぎない。大学入試を、学士力育成のスタート地点と考えるのであれば、入試だけでなく、大学教育にも還元していく必要があるであろうし、そのためには教育の担い手である教員への情報共有、議論の材料とすることは重要であるはずだ。また、学生の入学後の成績や状況について、入試区分別の追跡調査を行っているのかについては、7割が行っているが、3割は実施していない。私立の高倍率大学では86%が実施しているが、学生確保により課題を抱えていると思われる私立・低倍率大学では54%しか実施できていない。小規模校が多く、学内資源の問題でなかなか手が回らないのかもしれないが、このままでは改善の見込みは薄い。
 第3は、学生の意欲の問題をどのようにとらえるのか、という問題もある。学生が充実した実りある大学生活を送るためには、学生自身の意欲や心構えが大きいことは、各種の大学生アンケートからも共通に明らかになっている重要な点である。そこで「入試を工夫することで意欲の高い学生を増やせるか」を尋ねたところ、できると答えた学長が58%、できないと答えた学長が42%と回答が大きく割れた。より懐疑的なのは、私立の低倍率大学、中倍率大学の学長であった。
 意欲を図る入試はあるのかについては自由記述でも尋ねたが、「面接をする・増やす」「課題を課す」「高校での様々な学習歴を見る」などの方法で効果を上げていると回答する学長がいる一方で、「入試でなく大学教育の問題」「増やせるが、時間とコストを考えると現実的でない、あるいはごく一部にしか実施不可能」「そういう意図で行っている入試でうまくいっている学部とそうでない学部がある」と懐疑的な意見も多く見られた。筆者自身は、懐疑的な見方に共感を覚えている。大学生の学習・行動実態のアンケート調査を分析している印象では、より積極的に大学生活を送るか、大学教育に取り組むかは、当然のことではあるが、入学時点の意欲だけでなく、その後の大学生活で受けるインパクトによって影響を受けている。入学時点で意欲が高そうな学生がずっと意欲が高いままとは限らないし、入学時点での意欲が必ずしも高くなくても、入学後にスイッチが入る学生もたくさんいるし、いかにそういう学生を増やすかがより重要だ。学生の意欲の問題については、入試は万能薬ではなく、過度な期待をせずに、地道に大学教育の在り方を検証し、改善を行っていくことが近道なのではないかと考えている。
 第4は、大学は、一般入試、推薦入試、AO入試の区分を見直すことが求められているが、そのバランスをどのように考えればよいのかという点だ。それぞれの大学がターゲットとする学生の学力レベルや、選抜性の高低によって、選抜方法は大きく異なるし、その組み合わせは、それぞれの大学が決めるものである。中教審の議論では、東京大学の推薦入試、京都大学の特別入試、九州大学の21世紀プログラム選抜、慶應義塾大学総合政策学AO入試などが紹介されていた。学習意欲やある分野の学力が高い学生を確保する目的は、筆記試験だけでは獲得できない特定分野で突出した才能を持つ優秀な人材を獲得したいというだけでなく、彼らがほかの学生に対しても好影響を与えることもあると思われる。「ピア効果」というが、筆者が大学生に対するアンケート調査から試行的に分析したところ、自分のやりたいことが明確で、それが大学教育の射程に入っている「高同調型」学生が4割以上いる大学では、それ以外の学生も学習時間が長かったり、1年生から4年生にかけてやりたいことをみつける学生が多かったり、読書量が増えたり、様々な好影響があることがわかっている。そこで、先の学長調査では、「学習意欲の高い学生を何割確保すれば、ほかの学生に良い影響を与えるのか」も尋ねた。多い順に「3割」が33%、「5割」が17%、「6割」が12%。全体を平均すれば、4割であった。
 たとえば、東京大学や京都大学の推薦・特別入試の場合は、入学者に占める割合は数%程度ほどだが、こうした入試を実施するために、相当な人的資源(時間)を投入しなければならないはずだ。どの選抜方法をどの割合でとるのか、といったポートフォリオだけでなく、大学入試で解決する課題と、大学教育で解決すべき課題についての組み合わせも、それぞれの大学で議論していくことが、必要なのではないだろうか。先に述べたもの以外にも非常に興味深い結果がでているので、ご関心を持たれた方は、『カレッジマネジメント』184号を参照されたい。

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