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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.563
急速に普及するIR
“日本型”の模索と追求を

客員研究員  小林 雅之(東京大学大学総合教育研究センター教授)

 大学におけるインスティテューショナル・リサーチ(IR)が急速に普及し始めている。6月28―29日に大阪大学で開催された日本高等教育学会のIR部会では活発な議論がなされた。さらに、学会主催の初めてのIRワークショップには、シンポ後の最も遅い時間にも拘わらず、予想をはるかに上回り約120名の参加があった。また、7月12日に東洋大学で開催されたIR国際シンポも約300名の参加があった。さらに、8月に甲南大学で開催されるIRコンソーシアム、神戸大学の大学評価・IRコンソーシアムや四国地区のSPODなどほぼ定期的に開催されるものも出始めている。これらの会議の盛況ぶりはIRへの関心の高さを示している。ただ、私見では、まだIRとは何か、十分には把握できず、ともかく今話題の言葉であるから、どんなものか知りたいという大学関係者も多いように見受けられる。
 私たちは文部科学省先導的大学改革推進委託事業「大学におけるIRの現状と在り方に関する調査研究」を受けて、昨年12月から1月にかけて全国国公私立大学のIR状況調査を行った。私たちに必ずしもIRと銘打っていなくても、さらには自覚されていなくても、日本の大学はIR活動を実施しているのではないか、という問題意識からこの調査を行った。このため、大学の一部の部署だけでなく、様々な部署から回答していただくという、大学にとっては非常に手間のかかる調査になった。にもかかわらず、この調査の回答率は71%にのぼった。調査にご協力いただいた大学関係者にこの場をお借りして改めて御礼を申し上げたい。
 本欄でも5月28日に、沖清豪研究員が「私立大学におけるIRの現在 2013年度調査の結果から」との報告をされている。私たちの調査結果も、沖研究員による調査と同じような傾向がみられる。全学的なIR組織のない大学は69%であるが、既に「IR名称の組織がある」大学が10%、「IRという名称ではないが、担当組織のある大学が15%で、合わせて全学的なIR組織を持つ大学が25%と4分の1を数えている。また、設置を検討中(設置予定を含む)が37%となっている。この数字をどのように読むかは慎重でなければならないだろうが、私たちの予想をこえて、IR組織の整備が進められていると思われる。
 先にふれた、IRと銘打っていなくても、さらには自覚されていなくても、日本の大学はIR活動を実施しているのではないかという点については、全学的な部署あるいは委員会で多く実施されている活動は、就職状況調査(94%)、認証評価への対応(94%)、大学概要の作成(93%)、大学情報公開への対応(91%)、入学志願者の調査(マーケティング)(81%)などとなっている。これに対して、全学レベルの実施率が低いのは、入学以前の学生の特性の分析(41%)、卒業生に対する調査(50%)など、在学時以外の学生の特性を対象とする調査である。また、IRとして重要な執行部への調査情報・分析の提供を全学レベルで組織的に実施している大学は66%と3分の2にすぎない。
 興味深いのは、この執行部への調査情報・分析の提供について、全学的なIR組織のある大学の方が、全学的部署及び委員会で実施している大学が90%と実施率が高いのに対して、IR組織のない大学では58%しか全学レベルで組織的な対応がなされていないことである。大学政策のウォッチや全大学の改革動向のウォッチや中期計画の策定や授業料設定や達成度調査や卒業生調査についても、同様である。これに対して、マーケティングや大学概要の作成など、以前からある活動については全学的なIR組織の有無とは必ずしも関連が見られない。
 課題も多い。IR組織の活動内容が学内に周知されているかという点になると、全く知られていない(4%)、どちらかといえば知られていない(36%)となっており、合わせて4割と、あまり周知されていない。IR組織が全学的な意思決定プロセスに関与しているかについても、同じような結果がみられ、あまり関与していない(28%)とまったく関与していない(7%)で、合わせて3分の1以上が関与していない。
 全学的なIR活動にとって重要な、全学レベルでのデータの収集・蓄積状況については、財務(93%)、学務(86%)、授業評価(82%)、教員(73%)と集約がかなり進んでいる。しかし、そうしたデータへのIR担当者のアクセスに関しては、財務(12%)、教員(26%)、授業評価(38%)、学務(37%)とあまりアクセスできていない (IR組織のある大学のみ)。
 日本の大学のIRは、評価対応から始まり、次第に教学に守備範囲を広げてきている。これに応じてIR組織も急速に整備されてきている。これに対して、アメリカのIR組織のような財務や戦略的計画等の活動はあまり行われていないようである。
 IRとは何か、アメリカでも共通の定義はない。IRがわかりにくい原因のひとつは、アメリカのIRは絶えず改良を加え発展してきたためである。それでも、アメリカのIRは理想的とは言いがたい。また、IRは個別大学ごとの相違が大きいため、アメリカのある大学のシステムをそのまま導入してもうまくいかない。このあたりが日本の大学関係者のIRに対する戸惑いになっているように思われる。
 これに対して、私は、日本の大学にあったIR活動を展開していくことが必要だと考える。つまり、日本の大学は日本型IRを意識的に追究する必要がある。とはいえ、アメリカの大学に学ぶことは多いし、評価や教学IRへの方向性や、中退防止などのエンロールマネジメントやFDや学生調査など、共通点も多い。ただ、先の調査結果からも、個別の小道具(パーツ)は既に多く活用されているものの、全学レベルでシステマティックに組み立てられていないことが浮かびあがってきた。この改善に資するためにも、アメリカや日本の大学のIRのGPを調査し、報告書で紹介した。調査報告書は文部科学省と、東京大学大学総合教育研究センターで公表されている。関係者の方のご参照とご活用をお願いしたい。
 とはいえ、アメリカのIRはかなり高度化しているため、システムはおろか、パーツでさえ導入するのは難しいという大学も多い。そのためには、IRを担当する人材が決定的に重要だ。IRを担当できる人材がいないという声もよく聞くが、これも鶏と卵の関係だ。出来るところからスタートすべきだろう。とはいえ、何らかの手がかりが必要だろう。私たちは調査結果をふまえて、報告書だけでなく、IRを実際に導入する際のわかりやすいIRの手引き書やアメリカIR協会のような研究、研修、普及のための組織も必要ではないかと考えている。
 アメリカの大学のIRは、前史としては約100年以上から、IRという名称になってからも約60年の歴史を有している。しかし、アメリカでもコミュニティ・カレッジでIRが本格化してから10年ほどにすぎない。スタッフも1名からせいぜい数名という大学も多い。こうした状況から必要に迫られてアメリカの大学のIRも発展してきた。日本の大学でも模様見から実践へと必要に応じてIRも進展していくことを期待したい。
 日本でアメリカの大学のIRを初めて紹介したのは私学高等教育研究所の初代主幹であった喜多村和之先生の一九七三年の『大学論集』の論考だと思われる。喜多村先生は常に先に先を歩いてフロンティアを開拓してこられた。喜多村先生の切り拓いた道を進んで、これから日本の大学のIRを一過性のものに終わらせず、どのように進展させていくのか、それが質の向上にどのように寄与していくのか、これから数年が勝負だろう。

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