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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.559
専門分野別にみたラーニングアウトカム把握への取組状況

研究員  島 一則(広島大学・高等教育研究開発センター准教授)

 大学教育の質保証の観点から、ラーニングアウトカムの把握に関して社会的関心が高まっており、AHELOなどがその代表としてあげられる。その一方で、実際の大学の現場においてどのようなかたちでラーニングアウトカムの把握がなされている(いない)のかは、十分に明らかにされていない。本稿では文部科学省の「学士課程教育の現状と課題に関するアンケート調査」(学部長、有効回答数1976・回収率は83.0%)の結果に基づいて、全国の大学の学部レベルにおけるラーニングアウトカムの把握状況、主要な把握方策に対する認識、具体的な把握策について、専門分野別に明らかにする。なお、本稿は『IDE 現代の大学教育』(560)「大学のラーニングアウトカム」に掲載された筆者の論考の一部を紹介しつつ、専門分野別のラーニングアウトカムの把握の具体策について詳細な分析結果を明らかにする。
 最初に、「課程を通じたラーニングアウトカムの把握」に関して、「学部独自で把握していますか」とする問いに対する回答状況を分野別に見ていく。まず保健系と芸術系の「はい」の比率(75.6%・75.3%)が特に高くなっており、これについで理学(66.2%)、農学(64.1%)が60%台で続き、工学、家政、教育がみな59.1%、人文科学・社会科学で48.8%、47.1%と50%を切っている。これらの結果は、筆者にとって芸術系を除き、ある程度想定されたものであり、やはり医学部を含む保健系では高く、人文・社会科学系では低いといった結果となっている(芸術系が高い理由は後述)。
 次に、「課程を通じたラーニングアウトカムの把握の方法」として「外部の標準化されたテスト等による測定」「学生の学修経験などを問うアンケート調査(学修行動調査など)」「学修評価の観点・基準を定めたルーブリックの活用」「学修ポートフォリオの活用」などの主要な把握策についての認識を専門分野別にみる。〔図1参照〕「ポートフォリオ」については、理学系を除いた全ての専門分野で80%以上が導入すべきと答えており、全般的に数値が高い。これに次ぐのが「学生アンケート」であり70〜80%となっている。さらに「ルーブリック」の活用は、家政系を除いて50〜60%であり、もっとも低いのが「標準化テスト」で、50%を超えるのは保健系のみ、それ以外はすべて20〜40%台にとどまる。以上から「ポートフォリオ」「学生アンケート」については多くの専門分野で、分野横断的に導入に肯定的な意見が多数を占めていることがわかった。一方で標準化テストについては全体的に導入に肯定的な意見が少ないだけでなく、専門分野間の差異が大きい(保健系57%・芸術系22%)。このように内容によって認識には大きな違いがあることがわかった。
 さらに、ラーニングアウトカム把握策の具体的な実施内容について、自由記述に基づいて見ていく。先に見た「標準化テスト」「学生アンケート」「ルーブリック」「ポートフォリオ」に関する自由記述をみていくと、導入すべきであるとする比率がもっとも高かったポートフォリオとそれに次ぐ学生アンケートについては、それぞれほとんどの分野で具体的な実施内容としてあげられていた。ただ、ポートフォリオについては、「作成にかける時間に相当する成果が得られるとは考えられない」、学生アンケートについても「これまでも様々なアンケートをやっているが、何かをやれば型ができるだけで終わっている」といったネガティブな評価もなされている。また、これらに次いで「導入すべき」との比率の高かったルーブリックについては、社会系のみで言及が見られたに過ぎず、前二者に比して実際の普及は進んでいないことが伺えた。一方、「導入すべき」との比率がもっとも低かった標準化テストに関しては、保健系はもとより、工学系では「汎用的能力についての外部テスト」の導入事例が紹介され、農学系については「獣医学学科において共用試験」、教育系においては「業者作成の基礎学力テスト、語彙力テスト、一般教養試験、教員採用試験の模擬テスト」などについての言及があった。これらの結果からは、保健系においてのみ標準化テストが可能なわけではなく、他の学問分野においても、標準化テストの導入が可能な分野が存在していることが確認された。芸術系においてすら、「デザインの専門演習の学修成果は、提出作品により的確に習熟度を把握できると考えているが、知識系については導入が必要と考える」といった学修内容のタイプに応じた標準化テストの利用可能性についての言及も見られた。
 次に、以上4つのラーニングアウトカムの把握策以外に目を転じ、特定の学問分野に特徴的な点をあげると、前述したようにラーニングアウトカムの把握策が数多く実施されている芸術系では、展示会・演奏会・実技試験などによる把握が中心となっており、極めて特徴的である。また、工学系ではJABEEを利用したラーニングアウトカムの把握、保健系では極めて多様なテスト・試験が取り上げられるなどの特徴が見られた。その一方で、学問分野横断的に言及されているその他の把握策としては、@GPAの導入・成績・単位取得状況等チェック、Aクラス担任・アドヴァイザー制の導入、B個人面談・きめ細かな指導・少人数指導による把握、C演習やゼミを通じた指導、D卒業論文・研究指導などがあることがわかった。
 以上の結果をまとめる。(一)ラーニングアウトカムの把握に関しては、学問分野別の差異が極めて大きく、これは学部間だけではなく、学部内部でも大きな差がある。これゆえに、標準化テストの導入も含めて「一律的」な改革を進めるといった動きには大きな問題がある。(二)導入すべきであるとする意見が多いポートフォリオやアンケートにおいても、問題点はすでに指摘されており、導入そのものが自己目的化してはならない。(三)大学教育の根幹をなす、演習やゼミを通じた指導、卒業論文・研究指導といった学問分野に横断的なラーニングアウトカムの把握策について多くの言及がなされている。こうした「改革の小道具」でも「大道具」でもない、教育の「基本用具」の強化・サポートが政策的に必要である。(四)最後に、教学マネジメントに関して言えば、以上のことは各大学において学問分野の特性・多様性についての理解力を有する人材の養成が必要であることを意味している。また、そうした人材は各大学に対して一様なメッセージを発することになりやすい「答申というメディアの限界」を認識し、答申で掲げられる大学改革方策を機械的・受動的に導入することなく、自身の大学・学部・さらには学科において、今どのような改革が必要なのかをその現状と照らし合わせながら勘案し検討していく「ポリシースマート」な態度を身につけることが求められている。

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